2018年の4月に鎌倉へ引っ越してからシェアハウスに住むこと一年半。
この期間で本当に色々なことがありました。
そして、シェアハウスという特殊な生活環境だからこその、コミュニケーションのあり方を学べたように思います。
Contents
まず結論として、シェアハウスに住んで良かったのか?
最初に声を大にして言いたいのは、私にとってシェアハウスの生活は本当にかけがえのない経験になりました。
住んで良かったかどうかと聞かれれば、120%良かった!です。
色々あったのは確かだけれど、住まなきゃ良かったと思った日は1日もありませんでした。
もっとも良かったなと感じるのは、友達とも家族とも違う人と人の関係性を築けたことです。
これが何とも言葉で説明が難しいところなんですが、シェアハウスでの人間関係って特殊なんです。
みんな年齢も生活も境遇もバラバラな人たちが、ある日突然ぽいっと一つ屋根の下へ放り込まれるわけなので、最初はそりゃあ緊張します。入った側は。
というのも、受け入れる側は既にその状況に慣れてるので、「お~新しい人来たか~よろしく~」くらいのノリなんですよね。
で、そこから数日、数ヶ月と住んで行くと段々と仲良くなるわけです。
もちろん友達にもなるわけなんですが、友達よりもちょっと深めなんですよ。
毎日生活していると、どうしてもそれぞれの個性が浮き彫りになってきます。良いところも悪いところも、ずっと一緒の家なので隠しきれないんです。
お互い気づけば真っ裸。素になってわかるコミュニケーションの心地よさ。
そうなると否が応でもお互いの個性を理解していきます。
ちょっとした言動や顔色で、なんかおかしいな?とか、疲れてるな。とか、そういう非言語の部分を多く受け取れるようになります。
人間、自分のことを理解してくれる相手といるのは心地よいものですから、必然的に関係性も深くなるんですよね。
で、それってちょっと家族の立ち位置に近いんです。
だけど、家族のように一生お付き合いがあるわけではないこともお互い理解している。
この不思議な距離感<関係性を定義づけられない大事な人>という立ち位置が、人生の中でなかなか作れない貴重な関係だったなと思います。
関係性を定義づけられないと起こる「個×個」としての化学反応
そもそも関係性が定義づけられない距離感。
この定義づけられないというのが意外と厄介でもあり、ありがたくもありました。
というのも、例えば彼氏と彼女の関係性。
これって「お付き合いしてください」「はい」という合意のもと成立しています。
そして
彼女なんだから彼氏が風邪をひいたら一番に看病してあげる。とか
彼氏なんだから彼女が寂しがっていたらマメに連絡する。とか
本来なら名前がついたからって関係ないはずなのに、定義づけられた途端に何かしらの役割が発生します。
だから、彼氏なのに二週間も連絡してこないなんて……!!みたいなセリフが生まれるわけで。
けれど、シェアハウスの人間関係には定義がないんです。
だから、一緒に暮らしているなら○○が普通でしょ?というものがありません。
もちろん、自分がお風呂に入った後は掃除をするとか、最初に取り決めたルールはあります。
けれど、基本的には超個人主義。
シェアハウスの住人が何か困っていたからって、それを手助けするもしないも個人の自由。
だからこそ、お互いの距離感を見極める目が養われ、お互いを個として尊重するコミュニケーションが自然と身につきます。
terico.の視点:定義づけられない関係性は<是か否か>
私個人的な感覚としては、言葉が発達してしまったがための、
名前のつく関係性への依存は、あまり良い結果を生まないなと思っています。
母なんだから…
子供なんだから…
上司なんだから…
妻なんだから…
これって呪いに近くて、全ての人間関係は基本的にフラットで然るべきで、
その土台無しに、個々が作り上げたお母さんフィルター、上司フィルターを通すと、本来の相手が見えなくなります。
本来の自分を見て欲しいのであれば、まずは相手の事もフラットな視点で役割(ラベル)を剥がせる眼を養うことは大切だなと思います。
他人に貼っているラベル、自分に貼っているラベル、剥がした時に本来のその人が隠れています。
ラベルの下に入って守られた気でいても、ラベルを盾に相手に役割を押し付けても、結局人は個×個。
そこがむき出しにならない限りは、本気でぶつかり合うことは無理ではないかなと。
そういう意味でも、フラットにそれぞれと向き合えたシェアハウスの経験はやはり宝でしかないですね。
まとめ
つい数年前までは、人とトラブルばかり起こしていて、そんな私がシェアハウスに住むと決めた時の周囲の反応たるや「本当に大丈夫なの!?」というものばかりでした。
(失礼だけど仕方ない!笑)
まぁ正直私自身、無理なら1ヶ月で出てもいいしなというノリで入居して、まさか一年半という長い間暮すとは…しかもその間ほぼノーストレスだったとは…ちょっとした驚きでした。
その間とても仲良く関係性を築いてくれたシェアの仲間には感謝しかなく。
この先距離感は少し変化したものの、関係性はもともと個×個なわけだから今後もよろしくねと言いたいです。
ちなみに、他の場所はわかりませんが、鎌倉のシェアハウスの多くは敷金礼金や最低契約期間などがありません。
そのため、もし鎌倉移住などを考えている人ならば、一度は経験してみても良いのではないかなと思います。
ただ、その家には、すでに<人の生活>があることを忘れずに。
冷やかしや過度な期待は禁物です。
全ては人と人とのフラットな関係性の上に成り立つ世界。
ラベルを剥がすことはちょっと怖いけれど、その先の世界はラベルありの世界よりもずっとずっと味わい深いものですよ。