ここ数年でHSP診断とか増えて、自分がHSPだと気づく人も格段に増えましたよね。
もしや私の抱えていた生きづらさも、HSPなのでは!?とか思って数年前にチェックリスト的なもので診断してみたんですけど、
結果は〔HSP度20%〕!
つまり、
お前はそんな繊細な神経持ち合わせてないぞ通告。笑
その診断ツール、結構私の周りは75%以上を叩き出しまくってたので、20%というのはなかなかの空気読めない体質です…。笑
HSPの人達からすると生きづらさの原因がそこにあるわけなので、
そんなもんなりたかないわ!
という話だというのは重々承知の上で誤解を恐れず言うと、
生きづらさに名前がつけば幾分楽になるのかな。とか、淡い期待を抱いてその診断を受けたわけです。
その時はHSPじゃない診断を受けた私なんですが、結果として数年後にADHDの診断を受けることになります。
で、結局その時の気持ちはどうだったかというと、ガッカリ半分ほっとした半分だった気がします。
ADHD(発達障害)ってことは治ることはないわけで。
そのがっかり感と、もしかしたらある程度周囲からの理解を得られたり、
自分でも対処法がわかるようになるのかな〜という期待からのほっとしたが半分。
その診断から数年たった今、心境や環境に変化はあったといえばありました。
診断された当時は、色々と世界が変わるかもしれない気持ちもあったけど、
結果として世界は何も変わらなかった。という意味での気持ちの変化。
発達障害だと両親に打ち明ければ、生きづらさを少しでも理解してもらえるかなと思っても「お前は普通の子だ!」と言われてしまったし、
(今思えば親なりの愛情だったんでしょうね。笑)
知人に「発達障害って何が大変なの?」と聞かれ特徴を話しても、「それって結構誰にでもあるよね?」と言われてしまうし。
(純粋にそう思ったんでしょうね。笑)
しかも私自信も、それがわかったとて治らないので、いつまでもそこにこだわっていてもなぁとなったわけです。
しかも、どんな病気も障害もそうですけど、誰一人として度合いや症状が一緒な人はいないんですよね。
そうなってくると、自分の症状に名前がつこうがつくまいが、その体質と上手に付き合っていく以外の道はないんですよ。
例えば腕が不自由な人がいたとして、それが生まれつきだろうがそうじゃなかろうが、
腕が不自由なので私なにもできません!と、そこにあぐらを書くかと言ったら、
大抵の人はじゃあ足や口を使ったらどうかとか、義手をつかったらどうかとか工夫しますよね。
メンタルや脳の作りも同じこと。
私で言えば、時間やスケジュールの管理が壊滅的にダメ。
会社員時代も出社時間に起きることが年に3回くらいあったり、起きてるのに気づけば予定を1時間間違えてるなんてことはザラ。
(自分でも「なんで!?」ってなる。笑)
だからって遅刻を謝らなくて良い理由にはならないし、自分はそうだと理解してスマホのアラームは2時間前に一回と30分前に一回鳴らすようにセットしてたりするわけです。
ただ、身体的に不自由なのと、目に見えない部分が不自由なのでは周囲からのサポートに多少差は出るのかなと思います。
そこは確かにちょっと不便。
こっちから言わなきゃ誰も理解できないのが普通の世の中ですからね。
ただ、それって仕方がないのかな?と考えたときに、もう少し改善されると良いかなと感じたんです。
というのも、今の世の中って、人と大きく違わない限りはマイノリティであると認識してくれません。
だから、ぱっと見でわかりやすくないとサポートは受けられない。
だけど、よくよく考えたら病気や障害の出方が人によって全く違うように、
それぞれの得意不得意や身体的特徴だって同じ人は一人といないわけです。
そうなってくると、マイノリティとマジョリティという二極に分けることそのものがナンセンス。
だってなんなら世の中のすべての人がマイノリティでしょ??
もし、全員が何かしらのマイノリティ。という意識が全体として根付いたならば、苦手なことをがんばって克服するのが美徳という考え自体がなくなるんじゃないかしら?
「がんばれ」「努力しろ」「怠けるな」ってのは、やる気さえあれば平均くらいまではできるもの。という前提のもと成り立っていないか?
だとすると、できない人=落ちこぼれというレッテルになるよね。
あー怖い怖い!
みんな安心して!
がんばったってできないものはできないよ!
良い意味であきらめよう!笑
ありがたいことに、時代は個を大切にする流れに傾きまくっています。
今までのように、みんなが一律に「平均」という幻を目指すより、それぞれが得意なことで輝く方が良いという流れです。
その流れを加速させるためには、大きな流れが来るのを待っても良いのだけど、一人ひとりの頭の中を変えると早いです。
「この世のすべての人がマイノリティ」
この視点を持って世界を見渡してみてください。
自分の得意を大切にして、苦手に時間とエネルギーを食われることを極力避けて、
その分周囲の人の得意と不得意にも目を光らせてあげてください。
そしたらきっと、HSPだとかADHDだとかASDだとか、そーゆうのさておきお互いサポートできるようになる。
そのためにも、まずは自分を知ることが大事。
心理学やカウンセリングはその手助けになります。
自分にも他人にも、優しい世界を作る学問が心理学です。
知っておいて損はないですよ。