terico.って何もの?

【きょうだい児の日】にきょうだいの私が想うこと。

terico.
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今日は制定されてから初めて迎える【きょうだいの日】 なので、少し私のプライベートなお話にお付き合い下さい。

きょうだい児とは何か?

今まで何となく、隠していたわけではないけど公表するのは避けていたことがありまして。

それは私の兄のこと。
 
 
私の兄は難聴と中度の自閉症を抱える障害者です。
 
 
【きょうだい児】とは、兄弟の中に障がい者がいる兄弟たちの事。
まさに私のことです。
 
 
で、このきょうだい児という立ち位置は本当に独特で、実際に障害を持つ本人ではないが故の人に理解してもらい辛い悩みを抱えている事が多いのです。
 
 

きょうだい児が抱えやすい【罪悪感】

私もきょうだい児ならではの苦労がいままで幾度となくあったはずなんですが、その苦労を背負っていたという事につい最近まで気付いていなかったというか…

いや、本当は気づいていたのかもしれないのですが、認めてはいけないと思っていました。

だってきょうだい児ならではの苦労があると認めるということは、兄がいるせいで苦労してると宣言するようなものだから。

そんなの兄がかわいそうだし、何より両親への裏切りのように思っていました。

うちの両親の教育はこうでした。

障がい者の兄がいるからとこそこそしちゃだめ。
障がいは何も恥ずかしい事じゃない。特別でもない。

たしかにその通り。

だけどそれは私にとっては、兄が障がい者であることで背負う諸々を大変だと思うこと=罪。

みたいに聞こえていました。

だから、弱音は吐けないし、吐いちゃいけない。

そもそも大変だと思うこと自体が酷い人間の証なんだ。そう感じていたんですね。

きょうだい児の心

きょうだい児だとどんな苦労があるのか?

これは環境にもよるし、本当に人それぞれだとは思います。

あくまでも私の場合。少しでも参考になれば。

例えば友人に「兄弟何人?」と聞かれることが面倒でした。

三人だと答えると、もれなくついてくるのが「上?下?男?女?何個違い?」

5個上の兄と3個下の弟だと言うと、

友人
友人
お兄ちゃんはどこの学校?なんでこの学校にいないの?

terico.
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兄は障がい者だから別の学校なの

と言ってすめばいいけど、子供は残酷です。

友人
友人
何の障がい?障がい者学級に何でこないの?重いってどれくらい?耳が聞こえなくても補聴器があれば聞こえる?耳が聞こえなくたって声は出るから喋れるんでしょ?自閉症でも学校来てる子いるじゃん!なんで無理なの?

あぁ…とてつもなく……面倒です。

けどこの、面倒だと思っている自分にも若干の罪悪感が湧きます。

ごく稀に「兄弟は弟と私の2人」と答えてしまう時があって、その時の罪悪感なんてそれはそれは…です。

この面倒さは大人になっても実はあって、「兄弟何人?」の話は未だに苦手です。

こどものころのような質問責めは流石にないものの、

「兄は障がい者なので働いていないんです…」や、「兄は障がい者なので結婚は望めないんです…」

など、これを言った後の相手の悪いこと聞いちゃったな…という表情。

そんな思いをさせてすみません。と思う自分と、すみませんとか思ったことでの兄への罪悪感……

何をとっても八方塞がりなわけです。

未だに家族には言えない、最大の罪悪感。

そんなきょうだい児の私ですが、未だに複雑な思いが交錯して、両親に内緒にしていることがあります。

それは中学生時代の弁論大会での出来事。

弁論大会では、自分が日々疑問に思うことや意見などをまず作文します。

その後優秀作文はみんなの前で弁論することになるんです。

当時「蒼いうさぎ」「愛していると言ってくれ」など、健常者と障害者の純愛もののドラマが若干流行っていました。

それを見る度にうちの両親は「そんな甘いもんじゃ無い」「障がい者への理解を深めることにはならない」などとても否定的でした。

それはそうだと私も感じていて、もっとずっと複雑な問題がある題材をわざわざ美化してドラマを作るって…どうなの?と、中学生ながらに思っていたわけです。

(それについての感じ方はひとそれぞれです。障がい者に興味が向くってだけでも良いのかもしれないし。)

で、それを作文した。そしたらね、選ばれちゃったんですよ。クラス代表候補に。

当時は自分にそこそこ文才があるという自覚もなかったもので、まさか選ばれないだろ。と思ってたんですけど。今思えば当時から文章は得意だったんですね。

とはいえまだ「クラス代表候補」なので、クラス全員の前でわたしともう1人の男の子、2人が作文を読み上げて、より良かった方が全学年の前で弁論するということになりました。

そこで私がとった行動が……

誰にも聞き取れないような、ものすごい速さで読み上げたんです。わざと。

障がい者の兄がいることを知られたくなかったわけじゃないんです。

考えていたのはこんなこと。

  • 障がい者が身近にいるというのを武器に、あざとく弁論大会の代表の座を狙ったと思われたらどうしよう…
  • 常日頃から「障がい者は特別じゃ無い」と両親から言われているのに、特別扱いして弁論の題材に使ったとバレたらどうしよう…
  • こんな風にさらし者みたいにして、兄に申し訳ない…

そして結果は私の狙い通り、クラス代表の座は免れました。

けれど、しばらく兄の顔も、両親の顔もまともに見られず、20年以上たった今でも両親には打ち明けられていません。

障がい者は特別じゃ無い。

この言葉の呪縛にしばられて、誰よりも兄を特別扱いしている自分を知っていたからこそ、常に罪悪感を背負っていた気がします。

terico.
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今思えば、気にすんなって方が無茶なんですけどね…。

きょうだい児だからこそ経験できることもある

きょうだい児が出来る経験

ただ誤解して欲しく無いのは、色々気にするところとかセンシティブな面はあったとしても、私は兄の妹であることを嫌だとは思っていないんですよ。

特に年に一回ある、養護学校の体育祭なんて最高で。

兄の大親友のRくんは小さい子が大好きで、ワーワー声を出しながら私に抱きついてきて、私はもう慣れっこだから、ギャーギャー笑いながら逃げ回って鬼ごっこだったし、

ポケットティッシュの中に入ってる広告が大好きなTちゃんは、広告がいっぱい手に入るという理由でイベントに大興奮。

無差別テロのごとく人のカバンに手を突っ込んではティッシュを強奪している様は圧巻だった。

笑徒競走で「ヨーイ ドン!」の瞬間に、走者がゴール関係なく散り散りに走り去っていくのも小学生の私にとってはおかしくって大爆笑。

言葉を選ばずに当時のまんま言わせてもらうと、どんだけ珍獣祭りやねん!っていう…。(笑)

あとはやっぱり、マイノリティ側の視点を常に持てたのは、今のカウンセラーという職業にも役立っている気がします。

みんな一緒じゃ無いことを、お腹の底から知っているからこそ、その立場の人にしかわからない辛さに寄り添えているのでは無いかと。

まとめ。きょうだい児として想うこと。

要は障がい者を兄弟に持つきょうだい児は、大変でも不幸でも無いと思いたいけど、「一般的」でないということはそれなりにハンディはあるのかもしれなくて、

36年間障がい者の妹やってきてるけど、今なお何が正解がなんなのかはわからない。

ただ、社会に多数存在するマイノリティについてのセンシティブさは、当事者達が考えるだけでは全然ダメで、とにかく一般からの理解を深めることでしか緩和の道はないのかなと。

そんなわけで、少しでも理解が深まることの一助になれればなと、きょうだい児のリアルを書いてみました。

最後まで読んでくれたみなさんありがとう。

きょうだい児の等身大

あと、この記事書いたことで私は初めて自分がしょうがい児であることにきちんと向き合った気がするので、しょうがい児の日が制定されたことにはひとまず感謝です。

今日は制定されて第一回目ということで、あちこちでしょうがい児が集まるイベントとかあるみたいです。

仕事があって行けないんだけど、行けたとしても行かなかったろうな。